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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)127号 判決 1982年12月08日

東京都大田区萩中三丁目七番一号

原告

東陽不動産株式会社

右代表者代表取締役

小室東一

右訴訟代理人弁護士

関根靖弘

東京都大田区蒲田本町二丁目一番二二号

被告

蒲田税務署長

村上虎男

右指定代理人

櫻井登美雄

池田準治郎

清水茂理雄

土公武尚

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五四年六月三〇日付で原告の昭和五二年四月一日から昭和五三年三月三一日までの事業年度に係る法人税についてした更正のうち課税土地譲渡利益金額に係る部分及び過少申告加算税賦課決定のうち五三〇〇円を超える部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は不動産売買仲介等を業とする株式会社であるが、昭和五二年四月一日から同五三年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)に係る法人税について原告のした確定申告、修正申告並びに被告のした修正申告に対する過少申告加算税賦課決定、更正(以下「本件更正」という。)及び更正に対する過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)の経緯は、別表一記載のとおりである。

2  しかしながら、本件更正(ただし、課税土地譲渡利益金額に係る部分、以下同じ。)及び本件決定(ただし、過少申告加算税額五三〇〇円を超える部分、以下同じ。)は、違法である。すなわち、原告が昭和五二年一〇月四日、訴外株式会社東電舎(以下「東電舎」という。)から受領した七〇〇万円のうち報酬額は六六〇万円で残額四〇万円は預り金にすぎないのみならず、右六六〇万円は不動産売買の代理に関する報酬であって、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)四六条一項、昭和四五年一〇月二三日建設省告示第一五五二号(以下「建設省告示」という。)により計算された報酬額を超えていないにもかかわらず、本件更正及び本件決定は、租税特別措置法(以下「法」という。)六三条に規定する特別税率を適用してした違法がある。

二  原告の請求原因に対する被告の認否

1  原告の請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、原告が昭和五二年一〇月四日東電舎から七〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

本件事業年度の課税土地譲渡利益金額の算出根拠は次のとおりであり、本件更正及び本件決定はいずれも適法である。

1(一)  原告は、本件事業年度中に東電舎の依頼を受けて、東京都大田区新蒲田一丁目一〇六番六宅地一一九三・三八平方メートル、同一〇六番一四宅地一〇九四・二一平方メートルのうち七六三・六三平方メートル(以下両土地を一括して「本件土地」という。)に係る地上権及び右土地の上に所在する建物四棟(以下右地上権及び建物を一括して「本件物件」という。)を訴外株式会社武田工務店(以下「武田工務店」という。)に対し譲渡代金二億二〇四八万円で売却するにつきその媒介(以下「本件媒介」という。)をなし、昭和五二年一〇月四日東電舎から七〇〇万円を受領した。

(二)  右七〇〇万円はその全額が本件媒介に係る報酬であり、建設省告示の第一(媒介)により計算される法定報酬額六六七万四四〇〇円を超えるから、被告は、法六三条及び租税特別措置法施行令(以下「令」という。)三八条の四を適用して、別表二記載のとおり課税土地譲渡利益金額五一六万二〇〇〇円を算出した。

2(一)  原告が本件物件の売買に関与して東電舎から受領した七〇〇万円はその全額が報酬である。

原告が東電舎から受領した七〇〇万円のうち四〇万円も報酬であって、本件媒介とは別に原告が東電舎から依頼された本件媒介に係る売買契約の事後処理業務(本件媒介に係る売買契約において東電舎が本件物件の買主である武田工務店に対して負担した、同社が本件土地上に予定するマンション建設に伴う近隣住民の同意取付協力義務)に要する交通費等の費用として受領したものではない。すなわち、

(1) 原告は、右七〇〇万円全額を本件事業年度分の収入として益金に計上し、決算報告書の損益計算書の売上げに計上して被告に法人税の確定申告書を提出しており、右四〇万円を含めた七〇〇万円全額を益金として認識し経理処理していたものであるうえ、東電舎も、固定資産売却益の計算をする際に七〇〇万円全額を譲渡経費として控除しており、右七〇〇万円全額を損金として認識していたものである。また、原告は、右四〇万円を東電舎に返済しているものの、返済したのは、被告所部係官が昭和五四年二月頃、原告代表者に対し法六三条に規定する土地重課制度及び東電舎から受領した報酬が七〇〇万円であるから土地重課の対象となることを説明した後の同年五月二八日であり、本件媒介の役務の提供が終って一年半以上も経過した後のことである。一方、返済を受けた東電舎では、突然の予期していなかった入金であったため、その原因、理由が分からず、受入れの会計処理に困惑し、これを同社代表者に対する短期貸付金の返済としていったん会計処理を行ったその後同社に対する税務調査の際係官に指摘され、同年六月二八日雑収入として会計処理しているのであって、原告と東電舎の間において本件事業年度中に右四〇万円を東電舎に返済すべきことを取り決めた事実は認められないのである。

(2) 原告の東電舎に対する右四〇万円に係る領収書は「土地売買ニ関スル経費トシテ」と記載され、一方東電舎の被告に対する右四〇万円の内訳明細説明書には、<1>交通費、<2>広告費、<3>調査費、<4>其の他と記載されていて右記載内容からみても媒介に要する経費と認められ、売買契約の事後処理業務処理のために要する経費とは到底認められない。そして、宅建業法四六条は、宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という。)は、建設大臣の定める額をこえて報酬を受けてはならないと規定し、また建設省告示第六は、同告示第一ないし第五までの規定によるほかに報酬を受けることができないが、ただし依頼者の依頼によって行う広告の料金に相当する額については受けることができる旨規定し、一方、課税実務においても、法人が土地等の売買又は交換の代理又は媒介の行為をした場合において、当該行為につき受ける収入金額を対価の部分と当該行為に通常要する費用の額に対応する部分とに区分しているときであっても、<1>建設省告示第六に規定する広告の料金相当額、<2>依頼者の特別の依頼により行う遠隔地における現地調査に要する費用で事前に依頼者の承諾があるものにつき別途に受領した金額を除き、その行為に係る報酬の額は、当該収入金額によるものとして、従前からかかる運用がなされているのである(昭和五〇年二月一四日直法二ノ二国税庁長官通達六三(一)―一三)(以下「本件通達」という。)。しかして右四〇万円が右<1>、<2>の報酬の額を超えて収受し得る経費としての性格を有するものでないことは明らかである。

(3) 本件物件については、昭和五二年九月二七日、調停(申立人東電舎、相手方訴外伊藤裕、利害関係人武田工務店間の東京地方裁判所昭和五二年(ユ)第二一二号、原事件同年(借チ)第一〇二六号、以下「本件調停」という。)が成立し、同月二八日には東電舎が本件物件の売買代金を受領し、本件物件の売買取引は一切終了し、原告の本件媒介に係る役務の提供も同月三〇日頃には終了した。原告が七〇〇万円を受領したのは同年一〇月四日であるから、原告の主張する費用が生ずるはずがない。また、右四〇万円が授受された当時は、マンション建築に伴う近隣住民との具体的な紛争の発生が予想される事情にはなかった。

(4) 仮に武田工務店において近隣住民への同意取付に要する費用の支出が見込まれるとしても、右調停に係る調停調書及び東電舎と武田工務店間の本件物件に係る売買契約書にあたる昭和五二年七月二八日付の合意書(以下「本件合意書」という。)によっても、東電舎は、近隣住民の同意取付についてもできるだけ協力するとだけ記載されているに過ぎず、東電舎の費用で近隣住民の同意を取り付ける旨の合意はない。のみならず、原告が同社から右義務履行を依頼された事実もない。

(5) 仮に原告が東電舎から、武田工務店のマンション建設に伴う近隣住民の同意取付に協力することを依頼されたとしても、不動産仲介業者が、顧客から委託を受けた物件の売買契約を成立させるについての事実上、法律上の障害を除去するために要する費用については、これを別途計算する旨の約定があるなど特段の事情がない限り、仲介の報酬の中に含めて考えるのが取引における当事者の通常の意思に合致する。右同意取付に協力する義務は東電舎が本件物件に係る売買契約において約定したことであって契約を成立させるために必要なものであったといわなければならず、したがって、その履行を原告に依頼するについてもそのための費用は前記特段の事情がない限りこれを媒介報酬の中に含めて授受しているとみなければならないものであるところ、本件において右特段の事情があったことを示す証拠はない。

なお、将来事後処理の費用支出が見込まれる場合であっても、各事業年度の所得金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入される金額は、別段の定めがあるものを除き、債務の確定しているものに限って費用として損金の額に算入され、費用の引当は認められない(法人税法二二条三項)。したがって、事後処理の支出があれば、実際に支払いが確定したときに損金とされるのである。

(二)  原告は本件物件の売買に媒介として関与したものである。

(1) 宅建業法二条二号所定の売買の媒介とは、売買当事業の少なくとも一方の依頼を受け、当事者の間にあって契約の成立を斡旋するすべての行為を指称するものであり、代理と媒介とは、いずれも当事者の一方又は双方の依頼を受けて契約の成立に尽力するものである点において共通であるが、代理がいずれかの一方当事者の側に立ち、その行為の私法上の効果をその当事者に及ぼすのに対し、媒介は当事者の間に介在して事実行為をするにとどまり、なんら私法上の効果を及ぼさない点が相違する。したがって、当事者の一方のみから何らかの委託、報酬を受けたからといって、代理を委託されたものと速断することはできないのである。

また、宅建業者が売買の媒介をなす場合の具体的業務の内容は千差万別で、相手方を探し、登記簿の調査、権利証、住民票、委任状、印鑑証明などの検認、抵当権その他物権の抹消が可能かどうかの調査、価格の折衝など双方を売買契約の有効な成立へ誘導尺力するすべての事実上の行為である。したがって、これらの行為を原告が行ったからといって原告が本件物件の売買契約の締結について売主東電舎の代理をしたとはいえない。原告が東電舎の代理をしたというのであれば、それは右売買契約それ自体について原告が東電舎の代理人として武田工務店との間で売買契約を締結したものでなければならない。しかしながら、東電舎と武田工務店間の本件合意書には、原告は立会人として表示されているにすぎず、代理人との表示はなされていないのである。

なお、通常取引界で行われている不動産仲介業者の仲介は、そのほとんどが媒介で、媒介を仲介と呼称する実情にあるため、媒介者は通常「仲介人」と呼ばれ、さらには「立会人」とも呼ばれる。したがって、本件合意書に原告が代理人と表示せずに単に立会人と表示しているのは、まさしく原告が媒介者として本件物件の売買契約に関与したことを示すものにほかならない。

(2) 原告代表者は、昭和四五年宅地建物取引主任者資格試験に合格し、同四七年宅地建物取引主任者として東京都知事の登録を受け、原告は同五一年宅建業者として同知事の免許を受け、原告代表者を宅地建物取引主任者としてその業務を遂行してきた。また、原告の事務所には建設省告示の報酬説明が掲示されていたから、原告は当時媒介と代理とで自己の受ける報酬額に相違のあることを知っていたことは明らかであり、それは宅建業者として常識である。仮に原告が本件物件の売買の代理をしたというならば、原告は法定の半額の報酬で甘んじたことになるが、宅建業者である原告が、受け得る報酬の半額に甘んずべき事情は窺えない。のみならず、原告が代理としての報酬を受領したのであれば、右七〇〇万円は代理報酬の範囲内にあり、法六三条所定の特別税率の対象とはならないから、被告所部係官から土地重課制度についての説明を受けた後、突然四〇万円を返済する必要は何ら存しなかったはずである。また、原告の関与が代理であるならば、当然異議申立て及び審査請求の段階でそれを主張するはずであるのに、原告はかかる主張を全くしていないのである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張に対する原告の認否

(一) 被告の主張1の事実について

(1) (一)のうち、原告が媒介をした点は否認するが、その余の事実は認める。

(2) (二)のうち、原告の関与が媒介であるとした場合の法定報酬額が被告の主張のとおりであること、法六三条を適用した場合の課税土地譲渡利益金額が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

(二) 同2の事実について

(1) (一)冒頭部分のうち、七〇〇万円のうち六六〇万円が報酬であることは認めるが、その余は争う。

(一)(1)のうち、原告が七〇〇万円全額を本件事業年度分の収入として益金に計上し、決算報告書の損益計算書の売上げに計上して被告に法人税の確定申告書を提出したこと、原告が昭和五四年五月二八日東電舎に四〇万円を返済したことは認める。東電舎における固定資産売却益の計算方法及び返済を受けた四〇万円の会計処理方法は知らない。その余は争う。

(一)(2)のうち、四〇万円に係る領収書の記載内容、本件通達の内容が被告主張のとおりであることは認める。東電舎の被告に対する内訳明細書の内容は知らない。その余は争う。

(一)(3)のうち、本件物件について昭和五二年九月二七日本件調停が成立したこと、東電舎が同月二八日本件物件の売買代金を受領したこと、原告が同年一〇月四日七〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は争う。

(一)(4)のうち、本件調停に係る調停調書及び本件合意書に被告主張の記載があることは認めるが、その余は争う。

(一)(5)は争う。

(2) (二)(1)のうち、本件合意書には、原告は立会人として表示され、代理人と表示されていないことは認めるが、その余は争う。

(二)(2)のうち、原告代表者が被告主張のとおり試験に合格し、登録を受け、原告が被告主張のとおり免許を受け、業務を遂行していること、当時、原告の事務所には報酬説明書が掲示されていたこと、原告が異議申立て及び審査請求の段階では代理である旨の主張をしていなかったことは認めるが、その余は争う。

2  原告の反論

(一) 原告の受領した報酬額について

(1) 原告が東電舎から受領した七〇〇万円のうち、報酬は六六〇万円であり、残金四〇万円は預り金に過ぎない。

すなわち、右四〇万円は、本件調停において、東電舎が武田工務店のマンション建築について近隣住民の同意取付につき協力すべきことが約定されており、原告がそれを行うこととなっていたため、これに必要な交通費等として交付を受けた預り金である。当時は、近隣住民の同意を取り付けるための活動が必要であったからこそ、右調停に係る調停調書に東電舎の協力条項が入れられたのであり、現にマンション建設に伴う近隣住民からの苦情が東電舎に寄せられ、近隣住民との紛争が予想されていた。そして、右四〇万円は報酬である六六〇万円(額面三三〇万円の小切手二通)と区分し、別の小切手(額面四〇万円のもの一通)で支払われていることからも預り金であることが明らかである。ところが、その後マンション建築につき格別の反対もなく近隣住民の同意が得られ、右経費の支出を要しなくなったので、原告は昭和五四年五月二八日これを東電舎に返済したのである。

なお、原告が、右四〇万円を預り金勘定に計上せずに売上金勘定に計上したこと及びその返済が遅れたことは、原告が経理処理に精通していなかったことから生じた誤りに過ぎない。また、右四〇万円は、報酬とは異質な費用にあてる金員として預ったものであるから、預った時期が、東電舎が武田工務店から売買代金を受領した後であっても、格別不審とするには足りない。

(2) 仮に右四〇万円が預り金ではないとしても、右金員は本件物件の売却に関与した報酬ではない。

すなわち、本件物件の売却については、むしろ、底地である本件土地の売却が最大の問題であり、原告は専ら右底地売却斡旋に奔走したものであるところ、本件土地及び本件物件の売買成立までに、原告が支出した費用も専ら右底地売買に係るものである。そうすると、原告が東電舎から受領した右四〇万円は、専ら底地売買に関して要した実費、日当等の費用に充てられるべきものであり、本件物件の売却に関し通常要する費用ということではできないから、本件物件の売買に係る報酬とすることはできない。けだし、地上権の売却権の売却の仲介依頼を受けた不動産業者は、契約締結に至るまでに障害となる関係者との権利ないし利害関係を含め、広く調整をすることを要するとはいえ、それは、専ら地上権それ自体に付着した権利、利害関係の調整(例えば、地上権に設定された抵当権の抹消問題等)を指すもので、底地売買の斡旋は地上権の売買とは全く別個の性質のものであり、したがって、これに要する費用も地上権の売却に関して通常要する費用とは認められないからである。

なお、本件通達も、費用と報酬に関する解釈運用につき一つの指針を示すにすぎないものであり、ましてや本件のごときは、右通達が規定する範囲のものではない。

(二) 原告は、東電舎の代理人として本件物件の売買に関与したものである。

(1) すなわち、原告代表者は東電舎の代表取締役石森憲藏の叔父にあたるうえ、同社の株主で、その取締役たる地位にもあるが、本件土地に係る地上権を訴外株式会社東電機製作所(以下「東電機」という。)が取得し、さらに東電舎が取得するにつき、右東電機、東電舎の取締役あるいは東電機の代表清算人としてこれに携わり、その後も右地上権の地代の値上げ要求等につき、東電舎に代って地主と折衝、交渉を繰り返してきたのである。したがって、本件土地、右土地に係る地上権及び地主の気質については、東電舎にあっては原告代表者が最も精通していた。ところで、同社の資金繰りの必要から本件物件を早急に売却する必要が生じたため、従前の経緯に最も精通している原告代表者に右売却を委ねることとなったが、たまたま同人は昭和五一年四月不動産売買仲介等を目的とする原告を設立していたことから、原告に、東電舎に代わって本件物件の買受人の物色、相手方との価格の交渉、契約の締結に至るまでの一切を委ねることになったものである。

ところで、買受人として現れた武田工務店は本件土地の所有権(底地)の取得をも希望した。そこで、原告は単に武田工務店との折衝だけでなく、本件土地の所有者である伊藤裕との折衝も必要となり、東電舎のために弁護士を選択し、右弁護士との折衝、打合せを行い、伊藤裕に底地売却を決意させるよう努めてきたのであった。また、武田工務店との折衝においても、価格、売却目的物の決定等を原告において行い、その結果昭和五二年七月二八日には、底地の売買がなされることを条件とした東電舎と武田工務店との間の本件土地、地上建物の売買契約が成立したのである。

なお、武田工務店は、当初、東電舎の代表取締役のところへ直接折衝に来たことがあったが、右代表者は、本件物件の売買については原告に全てを任せてあるので原告と折衝して欲しい旨申し入れており、武田工務店も原告が本件物件の売買につき委任を受けているものとしてこれを相手に売買の折衝を進めてきたものである。

以上の原告代表者と東電舎との関係及び原告代表者が本件物件の売買に果した役割を見れば、原告が東電舎の代理人であったことは明らかであり、また東電舎から原告への委託の趣旨も単なる売買の媒介ではなく、代理権の授与を含むものであったことは明らかである。

なお、原告が本件合意書に「立会人」と表示したのは、たまたま当事者本人が出席して調印したことによるものにすぎない。代理としての報酬を受け得るのは、単に売買契約締結に際し、契約書に代理人として表示した場合ばかりでなく、代理人として契約締結に尽力した場合も含まれるのであるから、本件においても原告は代理としての報酬を受け得る。

(2) 媒介の場合は売買の当事者双方から報酬を受領することが通例であり、不動産業界の常識であるが、原告は武田工務店から依頼されて、右武田工務店と伊藤裕との間の底地売買を斡旋し、その契約成立に尽力したにもかかわらず、武田工務店からは手数料その他何らの名目による金員を受領していないことからも原告が代理人として本件物件の売買に関与したことが明らかである。すなわち、原告は東電舎の代理人であったからこそ、武田工務店に対し金員の請求をしなかったのであるが、これは、訴外丸都不動産株式会社(以下「丸都不動産」という。)が底地売買につき何らの仲介行為もしていないのに、底地売買に関する手数料を受領しているということに対比すると一層明らかになる。

(3) 原告は、当時、媒介においても代理においても受け得る報酬額は売買代金額の三パーセントであると理解していたため、本件でも右基準によって報酬額を算定したのであるが、これは、本件物件の売却の委託を受けたのが原告設立後わずか約一〇箇月後のことで、実務経験が浅かったためにすぎない。さらに、原告が本訴に至るまで代理の主張をしなかったのも、自己の役割は代理であるが、そのことが何らかの差異をもたらすものとは考えていなかったためにすぎない。ちなみに、被告所部係官からは、原告の役割が代理であるか媒介であるかについての事情聴取は一切なされていない。仮に右認識があれば、むしろ本訴以前に代理の主張をしているのが自然であるが、かかる主張をしていないのはかえって原告に右認識がなかったことの証拠である。

五  原告の反論に対する被告の認否

1  原告の反論(一)の事実について

(一) (1)のうち、本件調停において、東電舎が武田工務店のマンション建築についての近隣住民の同意取付につきできるだけ協力する旨定められていたこと、七〇〇万円が原告主張の小切手で支払われたこと及び原告がその主張の日に四〇万円を東電舎に返済したことは認めるが、その余は争う。

(二) (2)は争う。

2  同(二)の事実について

(一) 冒頭の事実は否認する。

(二) (1)のうち、原告代表者が東電舎の代表取締役石森憲藏の叔父にあたり、同社の株主で、その取締役たる地位にあたること、原告が原告主張の時期に、その主張の目的をもって設立されたこと、本件土地の所有者が伊藤裕であったこと、原告主張の日に、その主張にかかる売買契約が成立したことは認める。その余は不知ないし争う。

(三) (2)及び(3)は不知ないし争う。

第三証拠

本件記録中書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから引用する。

理由

一  原告の請求原因1の事実及び原告が本件事業年度中に東電舎の依頼を受けて本件物件を武田工務店に譲渡代金二億二〇四八万円で売却するにつき関与し、昭和五二年一〇月四日東電舎から七〇〇万円を受領したこと、右のうち六六〇万円が報酬であること、原告の関与が謀介であるとした場合の法定報酬額が六六七万四四〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が得た報酬額について法六三条の適用があるか否かについて検討する。

1  報酬額について

(一)  被告は原告が東電舎から受領した七〇〇万円のうち、四〇万円も報酬の一部であると主張し、これに対し原告は預り金で報酬額は六六〇万円にすぎない旨主張する。

成立に争いのない乙第三、第四号証、第一三号証、第一三号証の一、二、第一八号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一、第二号証、第五、第六号証、第九ないし第一一号証、第一五ないし第一七号証、第一九、第二〇号証、証人土公武尚(第一回)の証言により成立の認められる乙第二一ないし第二三号証、証人高橋雅之、同石森憲藏の各証言、原告代表者尋問の結果(第一回)(証人石森憲藏の証言及び原告代表者尋問の結果中、後記採用しない部分を除く。)を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 原告らの努力の結果昭和五二年七月二八日東電舎と武田工務店との間で本件土地、地上建物の売買につき底地部分の取得を条件とする売買契約が締結され(右契約締結の事実は当会者間に争いがない。)、本件合意書が作成され、さらに同年九月二七日、本件土地の所有者伊藤裕が右土地(底地部分)を、東電舎が本件物件をそれぞれ武田工務店に譲渡する旨を約した本件調停が成立し、同月三〇日までに東電舎は武田工務店から本件物件の売買代金を受領し、同社に地上権設定登記の抹消登記等に必要な書類を交付して本件物件の売買取引は終了した(伊藤裕が本件土地の所有者であったこと、本件調停が成立したこと及び東電舎が売買代金を受領したことは当事者間に争いがない。)。調停書には、念のために「東電舎は、武田工務店又はその指定する第三者が、本件土地にマンションを建設するため、その建築確認申請に必要な近隣住民の同意取得についてできるだけ協力する。」旨の条項が記載されており、本件合意書にも同趣旨の条項が存したが、実際には日照問題で近隣と紛争を生ずる事態は予想されておらず、武田工務店は右調停が成立する前の同月一三日に、すでに大田区建築主事に対しマンションの建築確認の申請書を提出し、同年一〇月七日には確認を受けていたから、もはや東電舎は建築確認申請に必要な近隣住民の同意取得に協力する必要はなかったし、その後も近隣住民との間で東電舎の負担となるような紛争は生じなかった。

(2) 東電舎は原告に対し所定の報酬六六〇万円のほかに謝礼の意味をも含め、経費としてさらに四〇万円を支払うこととし、原告は昭和五二年一〇月四日右計七〇〇万円を同社から小切手三通(金額三三〇万円二通、四〇万円一通)により支払いを受け、四〇万円の領収証には「土地売買ニ関スル経費」と記載した(右小切手の授受、領収証の記載は当事者間に争いがない。)。原告は会計帳簿にも経費として入金の記帳をし、右四〇万円を本件事業年度の収入として益金に計上し、決算報告書中損益計算書の売上げに計上して被告に法人税の確定申告書を提出した(益金に計上したこと、右の確定申告書を提出したことは当事者間に争いがない。)。

(3) 一方、東電舎も経理上同年九月期の決算において、右七〇〇万円全額を未払金として処理したうえ、本件物件の譲渡利益の計算においては右同額を譲渡費用として控除し、確定申告をし、被告や国税不服審判所の係官に対し右四〇万円は交通費等不動産売買の経費である旨説明していた。

(4) 原告は昭和五四年二月被告の係官から土地重課制度及び東電舎から受領した報酬の額が七〇〇万円であれば法六三条の土地重課の対象となる旨の説明を受けたため、すでに本件物件の取引終了後一年半も経過していたが、同年五月二八日東電舎に対し四〇万円を銀行送金の方法で返済した。返済を受けた東電舎も、突然のことゆえ、その原因、理由が分からず、いったん、これを同社の代表取締役に対する短期貸付金の返済として会計処理をしたが、その後被告所部係官に指摘され、同年六月二八日に原告からの返済金として雑収入に計上した。

以上の事実が認められ、証人石森憲藏の証言及び原告代表者尋問の結果(第一四)中には四〇万円にはアフターケアに要する経費も含まれていた旨の供述部分及び経費がかからなかったら返済する合意があった旨の供述部分があるが、いずれもあいまいであって、前掲証拠と対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、右四〇万円は原告が本件物件の売買の媒介(原告の関与が媒介に当たることは後記認定のとおりである。)に伴う経費として収受したものであることは明白であり、原告と東電舎との間でこれを預り金として授受すべき原因も約定も存しなかったというべきである。

(二)(1)  これに対し、原告は、右四〇万円はマンション建築について近隣住民の同意取付に協力するための交通費等として交付を受けた預り金であり、原告は経理上の処理を誤ったにすぎないと主張する。

しかし、前認定の事実に照らせば、右四〇万円が授受された当時マンションの建築確認について近隣住民の同意取付のため原告の協力が必要であったとは認められないし、原告が東電舎から同意取付の履行を依頼された事実を認めるに足る証拠もない。また経理上の処理誤りとの主張も単なる弁解であって採用することはできない。よって、右主張は理由がない。

(2)  次に原告は、右四〇万円は底地の売買に係る費用であるから本件物件の売買に関し通常要する費用に当たらないと主張する。

しかし、右四〇万円が底地の売買に係る費用であることを認めるに足る証拠はないばかりか、前掲乙第三号証、第四号証、第二二号証に証人石森憲藏の証言及び原告代表者尋問の結果(第一回。いずれもその一部)によれば、武田工務店は本件物件と合わせて本件土地(底地)の取得をも希望していたため、原告は本件土地の所有者伊藤との間で東電舎が取得できるよう斡旋の労をとったが、話合はつかず、昭和五二年五月以降は専ら伊藤と武田工務店の双方の弁護士同志の間で交渉がされ、最終的には前認定のとおり調停において武田工務店が伊藤から買受けることになった事実が認められる。右認定に反する証人石森憲藏の証言及び原告代表者尋問の結果(第一回)は採用することができない。

したがって、原告の斡旋は成約にいたらなかったものであり、右四〇万円を底地売買の費用と認めることもできない。そして、本件土地の売買の斡旋は、武田工務店との間で本件物件の売買契約を成立させるために必要な行為であったのであるから、仮に四〇万円のうちに本件土地売買の斡旋に要した費用が含まれていたとしても、本件物件の媒介に通常要する費用に含まれるというべきである。

(三)  ところで、法六三条一項一号に規定する土地等の売買の代理又は媒介に関して受ける報酬とは、当該行為に通常必要な費用を含むと解されるところ、前記認定の事実によれば、右四〇万円は本件媒介に通常必要な費用として受領されたものであるから、東電舎から受領した七〇〇万円はその全額が報酬であるというべきである。

2  原告の本件物件の売買の関与が媒介か否かについて

(一)  前掲乙第三号証、第四号証、第二一号証、第二二号証、成立に争いのない乙第二六号証、証人石森憲藏の証言及び原告代表者尋問の結果(第一回。いずれもその一部)に前認定の事実を合わせると、東電舎は経営上の必要から早期に本件物件を売却する必要にせまられ、昭和五二年二月ごろ同社の代表者の叔父であり、同社の株主、非常勤取締役でもあり(右の東電舎と原告代表者との関係については当事者間に争いがない。)、かつ、本件土地の地上権取得の経緯を知悉し、本件土地所有者とも折衝の経験のある原告代表者、ひいては同人の経営する原告に売却の斡旋を依頼することとなり、主として本件物件の買受人の物色、売買価額の調整、本件土地所有者から地上権譲渡の承諾を得るための折衝等を委託した。一方東電舎は弁護士を介し昭和五二年四月東京地方裁判所に本件土地所有者を相手どり地上権譲渡の許可申立てをした。その結果同社と武田工務店との間で同年七月二八日底地取得を条件とする本件土地、地土建物の売買が成立した。そこで原告及び武田工務店側の媒介者である丸都不動産とが立会人として署名押印し、売主、買主の署名押印のある本件合意書が作成され(原告が立会人と表示されていたことは当事者間に争いがない。)、次いで本件調停が成立した。東電舎は原告に代理人の委任状を交付していたわけでもなく、原告は東電舎に対し建設省告示に従い媒介の基準による報酬を請求した。通常取引界で行われている不動産仲介業者のいわゆる仲介は、ほとんどが媒介であり、したがって、媒介を仲介と呼称し、媒介者を仲介人又は立会人とも呼んでいる。以上の事実が認められ、証人石森憲藏の証言及び原告代表者尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の原告に対する委託の内容、本件合意書において原告は代理人として扱われておらず、したがって代理人として法律行為をしたとは認められないこと、報酬額の算定方法からみて、原告は東電舎と武田工務店との本件物件の売買に関し、媒介という事実行為に関与したにすぎないものというべきである。

(二)(2)  これに対し原告は、東電舎と原告代表者との関係から原告に一切を委任したもので、本件合意書を作成する際当事者が出席していたから原告は立会人と表示したと主張する。

証人石森憲藏の証言及び原告代表者尋問の結果(第一四)中にはこれにそう供述部分がある。しかし、前認定のとおり原告と東電舎との委任の内容からみて代理権の授与があったとはみれないし、原告が代理人として売買契約を締結した形跡も認められないから、右供述部分は採用することができない。また、契約の際当事者が同席している場合においても、代理人が契約書を作成できることは当然であり、契約書上単に立会人と表示したことはかえって代理人でなかったことを示すものというべきである。したがって、原告の右主張は理由がない。

(2)  次に、原告は、武田工務店から報酬を受領していないことをもって、原告が代理人であったことは明らかである旨主張する。

原告代表者尋問の結果(第一回)によれば、原告が武田工務店から何らの名目による金員を受領していないことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、売主又は買主の一方からのみ媒介の委託を受けた宅建業者の媒介によって契約が成立した場合において、委託を受けない当事者に対し報酬請求権を取得するためには、客観的にみて右当事者のためにする意思をもって媒介行為をしたものと認められることを要すると解される(最高裁昭和五〇年一二月二六日判決民集二九巻一一号一八九〇頁)ところ、前掲乙第二一号証によれば、本件物件の売買につき武田工務店側の媒介者として丸都不動産が委託を受けており、武田工務店は丸都不動産に対し媒介報酬を支払った事実が認められるから、原告は、専ら東電舎のためにする意思をもって媒介行為をしたものというべきである。したがって、原告が武田工務店から報酬を受領していないのは当然であり、これをもって代理の根拠とすることはできない。

(3)  次に原告は経験が浅いため代理の場合の報酬額を誤ったものであると主張する。

原告代表者尋問の結果(第一、二回)中にはこれにそう供述部分がある。しかし、原告の事務所においても宅建業者の報酬額を定める建設省告示が掲示されていたことは、当事者間に争いがなく、これによれば代理と媒介とでは明らかに算定基準を異にするから、たとえ経験が十分でないとしても、宅建業者にとって最も関心のあるべき報酬額の算定基準を誤ったとは考え難いところである。よって、原告の右主張も理由がない。

3  以上によれば、原告は媒介者として本件物件の売買に関与し、七〇〇万円の報酬を受領したと認められるから、宅建業法四六条一項に規定する報酬の額をこえる報酬を受領したものといわざるをえず、したがって、被告が法六三条を適用したことは正当である。その場合の課税土地譲渡利益金額が別表二記載のとおり五一六万二〇〇〇円と算出されることは当事者間に争いがないから、本件更正及び本件決定はいずれも適法である。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 菊池徹 裁判官 揖斐潔)

別表一

<省略>

別表二

<省略>

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